東京下町の小玩具の助六で遊び心を楽しんでみては

江戸趣味小玩具「助六」
東京都台東区浅草2-3-1
1866年(慶応2年)助六は浅草の表参道・仲見世通りで創業します。

江戸趣味小玩具を販売しているこの店は、江戸末期から令和5年の今日現在まで、粋な玩具や飾り物で町人らと親しんできました。この間、幾人の方々もこの江戸趣味小玩具を商いとして取り組んできました。

しかし、今では日本にただ一軒だけの店となってしまった助六。間口は一間ほどでこじんまりしております。でも、驚くことに商品取扱店数は、なんと3.000点以上取り揃えてあるとか。小玩具だけに見ているだけで楽しく時間が立つのを忘れてしまいそうです。

この玩具の面白さもあり、助六に足を運ぶ観光客の7割は外国人のようです。そのため、すべての商品の説明書には英訳文が添付されております。あのイギリスのダイアナ妃も来日した際に立ち寄っています。また、ヒラリー・クリントンさんも訪れています。
何をお買い求めになったのか。ちょっと気になりますね。

現在のご主人は五代目の木村吉隆さん。展示玩具に心を染み込ませているだけあって、ご主人も中々人当りの良い方のようです。英語も堪能だとか。
あなたも、今度気軽に立ち寄ってみてください。

小玩具のはじまり
なぜ、ここまで小玩具に拘りをもっているのか。
それにはこんな訳がありました。

時代をさかのぼること300年以上前のこと贅沢禁止令がだされます。豪華に飾る大型の玩具がご法度となったのです。そこで玩具職人らは、大型がダメなら。だったら小玩具で精巧な細工を施した物を作るしかないだろう。
と、このような環境が整い始めていきました。これが江戸趣味小玩具のはじまりとなります。

「笊(ざる)かぶり犬」
これは江戸の郷土玩具のひとつになります。

「笑」という漢字は、元々、竹冠に犬と書いたとされていました。この理由は犬に竹籠をかぶせると前がよく見えないために犬が後ずさりをする。これが笑いを誘うことから、この漢字が生まれたとされています。

さらに頭にカサをのせて「重ね重ね、いつもニコニコ健康に」そんな願いも込められています。このような玩具はデパートなどでは、決してお目にかかることはありません。

「赤ふくろう」
昔、赤い色は、病気を防ぐと信じられていました。これを持っていることにより、赤ん坊が病気にならないようにというおもちゃだそうです。起き上がりこぼしになっています。

店名
この助六の店名は、歌舞伎狂言組十八番の中でもっとも人気が高かった演目の「助六所縁江戸櫻」に登場する花川戸の助六から名付けられたといいます。また、観音様の門前で「五臓六腑を助ける」この思いも含まれているようですよ。

著書
〇「江戸の縁起物」ー 浅草江戸仲見世助六物語 2011年12月20日発刊

助六が取り扱う小玩具「招きカッパ(商売繁盛)」や「ネズミ風車(健康一番)」等々の江戸時代から伝わっている数々の小玩具を一つずつ写真に収め、その語り継がれた言われを店主が欲っぽい気持ちがなくさっぱりした語りで紹介されていて、この解説文には英語訳も添付されております。

熟練職人による釘を一切使用しない玩具やミニチュアサイズの江戸風俗人形や屋台・看板等も再現され目をみはる構成になっています。巻末には災禍によって失われた町ののれんを守りつづけてきた歴史と浅草にたいしての思いを書きつづられています。まち

〇「江戸暦」 ー 江戸暮らし 2013年12月13日発刊
江戸趣味小玩具「助六」の玩具でみせる江戸の年中行事。仲見世通りで見せる屋台の玩具に人形を江戸末期の風俗(芝居、相撲、落語、祭り、花見など)をそのまま再現しています。ですので、あなたが見た瞬間。この時代にタイムスリップしたかのような錯覚に陥る事でしょう。好評第2弾。英語訳も付いています。

つづいて、
 浅草 「ますみ寿司」
遊郭街の寿司が旨い!

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